頑張れリーマンブログ

せっぱつまれば習得できる

2011年07月29日

外国語というのは、せっぱつまれば習得できるものだ。アメリカの大リーグに渡っている野球選手は、何とか英語を話しながらその世界に溶け込んでいる。フランスやイタリアなどに料理修業に行く若者も、料理を学びながらその国の言葉を使えるようになって帰ってくる。逆に日本にやってきている相撲取りやマラソンランナーは日本語を流暢に話している。以前、都心のイタリア料理店で昼食をとったところ、不思議なことにウェイターは客の注文する料理をすべてイタリア語で厨房に伝えていた。料理人はイタリア人なのか、それともイタリア風の雰囲気を出そうというのか、いずれにせよ毎日続けていれば、もう一段高い水準になっていく。国連大学で同僚だったハンガリー人は、共産革命でロシア人が押し寄せてくるや否や、それまではロシア語の知識などまったくなかっだのに、生きるためにロシア語の通訳を始めたそうだ。辞書を片手に自学自習、まさにオン・ザ・ジョブ・トレーニングである。その結果、かなり短期間でロシア語を習得できたという。私にも同じような経験がある。モスクワに出かけてロシア語で論文を報告したのだが、大学時代に習ってから三五年間ほとんど使ったことがないロシア語で、しかも論文を発表するのは初めてだった。ロシア人に論文の内容をあらかじめ吹き込んでもらったカセットテープが命綱である。時間的余裕がなくて、成田空港からシェレメーチェヴォ空港まで一〇時間、飛行機に乗っている間に二一回リハーサルをした。そんなカラオケ方式の機上リハーサルのおかけで、結果は大成功たった。言葉とは、そうしたやむにやまれぬ必然性があってこそ、習得できるものではないだろうか。