「今の日本は素晴らしい。すっげえ、いい時代じゃない?」。丸い童顔にチリチリしたパーマ、ヒゲに色つきメガネ、グレーのスーツ姿の高須クリニック院長・高須克弥はそう言った。診察を終えて飛び乗ったタクシーの中、メモが追い付かない。高須はものすごい早口なのだ。「自分たちの生活を犠牲にして国に尽くした時代は終わって、日本は本音の時代に入ったのね。政府がつぶれてもわが家が豊かで幸せならいいって、正直に言えるようになったんですよ」。豊かとは言っても、手術代ってかなり高額ですよね、と受付の光景を思い出した私は、ついそう言った。高須は窓ごしに入る広告塔の照明で顔をまだらにしながら、「丸井と一緒よ、いっぺんにやれない人はクレジット」と言う。「手術は複数か所やることが多いの。貧乏な人はお金貯めながら何回にも分けるんだけれど、こっちとしてはいっぺんにやってもらった方がいいの。途中で町を歩かれて、あれは高須のところでやったからヘンなんだ、なんて悪口言われちゃ困るでしょ」タクシーは大通りから路地を曲がり、テレビ局の駐車場へ滑り込んだ。ロケバスの間をぬって裏玄関へ到着。高須とマネージャーは階段を急ぎ足で上がり、「BINBINHOUSE」と紙が貼られた部屋へ入る。若いディレクターやスタッフが待ち受けていたように、台本片手で高須の脇へするりと座った。「先生、出題はなににしましょうか」「キスマークの消し方っていうのは?」「あっ、それおもしろいんじゃない」「でもちょっと過激かなあ。なんていっても相手はアイドルですからねえ」。高須の役割は、歌謡番組でスタジオにずらっと並んだ歌手を相手に、けがや病気の治療方法についてのクイズを出題することだった。彼は全国のクリニックを忙しく回りながらも、週一度この番組にレギュラー出演している。高須は打ち合わせの合間をぬいつつ、私の質問に答えてくれた。今の日本はそんなにいいですか?「そりゃそうよ。息子が戦死しても国のためだとか言ってたんでしょ、昔は。本音と建て前が分離した社会というのは圧政の国でしょ。日本はバカな政治家が選ばれるということ自体、本当の民主国家になったのよ。政治家は治めにくいと思っているかもしれないけど、秩序の乱れは民衆の幸せでしょう?」。高須クリニックのカウンセリング室の様子を思いだす。三方を壁に囲まれた狭い空間に、大小の賞状、認定証などが24枚かかっていた。そして額縁に入った写真1枚。パーティー会場で、元首相の海部俊樹と高須がにっこり笑って握手している図。カウンセリングを受ける患者は、この写真を見て手術の踏ん切りをつけるんだろうか??「海部さんとは気が合うの。実は東海高校弁論部の先輩なのよ。でもあの人はアドリブはだめね。話していると、僕の方が頭がいいんじゃないかって思うもの」高須クリニックは全国各地に拠点を持ち、ハワイにも進出している。89年は東京の診療所だけで年間6千人、全国トータルで5万人の患者がおとずれた、と高須は胸を張る。しかも、90年はさらに好調で、3月の時点で東京の診療所の初診カルテの数は2千を超し、年間5万人という数字も新たに書きかえる勢いだという。患者は1人で複数の手術を受けるケースが多く、手術件数をトータルすると10万件を軽く超えるのではないか、とのこと。開業した1975年当時、高須クリニックを訪れる患者はホステス、バーの従業員などが多かった。しかし現在は主婦、OL、学生が中心という。また、親が子に手術を勧めるパターンも増えてきているらしい。「いま親の世代というのは、20代の時に猛反対されながら手術を受けた第一世代なんですよ。その人たちの娘がちょうど20代にさしかかってきているわけね」自分の改造を楽しんだ第一世代が第二世代にその経験を伝授する。美容外科手術も再生産の時期、というのだ。親からもらった顔は傷つけてはいけない、という価値観について先生はどう思います?「それを言ったのは孔子でしょ。2千年も前の人よ。天命に逆らってはいかん、というわけだけど、本当はね、逆らえるんですよ。実際に革命がなんども起こったでしょう。そろそろ考え方を変えなくちゃね。なんで現代人がそんな昔の人の考えにあわせなくちゃならないの?そりゃ昔は封建制だったわけだから、顔とか体型とか、生まれつきのことに対して不満が出たら、為政者は収拾つかないじゃない?親からもらったものは大事だから勝手に手を加えちゃいけない、というのは、為政者が上下関係や一夫一妻制を堅持したり戸籍制度を維持したりするための都合だったのよ」。誰でもカネさえあれば優越感を手にいれられる社会の方が、出自ですべてを決定される封建社会よりずっといい、と高須はいいたかったのだろう。かつての身分差の溝に比べれば、今の日本はたしかに「平等」に近づいた。株で当てるなり、土地を転がすなりすれば、誰でも小金持ちになれる。似たり寄ったりの人間同士の僅差で成り立つ社会の中で、あの人より私はこの点で勝っている、あの人の持っていないものを持っている、という差異を追い求める。美容整形もその一端にある。「平等」といえば、中国の訪日視察団が日本の美容整形技術を見た時、こんなコメントを残した。「彼らは感嘆の声をあげつつ、社会主義と美容整形について概略、次のような理論を展開した。『これはたいへんいいことである。女性が美しくなりたいのは天性であり、われわれも美しい女性と親しくしたいのである。革命の目的は人間の幸福であり、社会主義の理念は“平等”である。“平等”は権利の平等だけではいけない。美醜の不公平をなくし、みんなが美しくなるのは、革命中国の理念に合致する。これは医者の仕事だが、人間を平等にする点からいえば、われわれ政治家がやらねばならない仕事である』」(『週刊朝日』1980年2月1日号)みんなが手術して美貌を手に入れた社会が幸福なのかどうかは謎だ。そもそも全員が美人になったら、美人になんの価値もなくなるのではないか?「美容外科の手術というのは、今の日本人にもっともむいている娯楽ですよ。誰にも迷惑かけずに自分のリスクにおいて人を喜ばせるんですから」と、高須はひょうきんな表情で、ドキリとすることを言ってのけた。ノリは軽い。けれどその言葉は私の耳にこびりついていた。考えれば考えるほど、含み持つ意味は深かった。「美容整形は自分で金払ってきれいになるんだもの、非難されることはないはずよ。ひとつだけあるとすれば、生まれつき美人でないものが本当の美人に混ざってくること。バアサンのくせして若い者に混ざっていくこと。美人や若い人の間からは許せない、という不満は出るかもねっ」
[参考サイト]
http://www.ftcn.net/page02.html